女ひとり 定年退職後の日々の暮らし

いつか行ってみたかった場所、いつかやってみたかったこと。その「いつか」が「いま」となり、実行に移す日々を綴ったもの。

退職して思うこと(8)~ 海外工場での仕事

工場の量産が始まると、予想どおり、まともに動作しない不良品が、多数でてきました。


工場の担当者は、すっかり私を頼りにしています。なんとか落ち着いた素振りで、日本を出発するときに先輩に言われた確認手順を思い出して、それに従って取り組んでみました。


教えられた通り、大半の原因は、部品にハンダが十分についておらず、電気回路が動作しないことでした。これは注意深く目視することで、不良個所を容易に発見できました。現場でハンダをきちんと盛り直すことで、大方、修理することができました。工場の担当者は、次々に正常に動いた製品を見て、想像した以上に喜んでくれました。とりあえずこの時点で、はるばる出張してきた面目が立ちました。ホッとして、少し肩の荷が下りたのを憶えています。


ハンダが原因でない不良品には、同じ故障症状の物がいくつかありました。これについては、故障パターンごとに、あやしい部品を、手持ちのスペア部品と付け替えることで直すことができました。原因は部品の品質ばらつきです。たまたまスペック値の限界のものが納入されたために、設計値を外れてしまったのでした。


例えば、普通の100Ω の抵抗部品には 10%の誤差がありますから、90Ω から110Ω の物が存在します。そして回路上、100Ω の抵抗が2つ続いた場合、さらに偶然どちらにも下限ぎりぎりの 90Ω の部品が取り付られた場合は、誤差が誤差を呼んで電圧レベルが設計値を下回ってしまうことがあります。実際の電気回路は、もっと多くの部品の組み合わせで出来ていますから、これは量産してみないとなかなか分からない問題です。


この場合は、あやしい部品を順番に取り外して、テスターでその抵抗値を計測し場所を特定します。そしてその部品を、実測で100Ω に近いものと交換することで、正しく動作するようになります。工場の担当者は、ますます感謝の眼差しです。


加えて、日本の設計チームと連絡を取り、その部品をより高価な「5%誤差」のものに設計上も変更してもらうところまでが、出張者の任務です。

それでも直らないときは、これはもう本当に設計ミスが疑われますから、日本チームに現象を連絡して、分析依頼を出します。9時間の時差を利用して、翌日の朝、解析結果を受け取ります。あとはそれを現場に適応して、改善していけば大丈夫です。


こうしてスコットランドの工場での仕事は、特段秀でた技術力がなくても、手順をひとつひとつ丁寧に追って行くことで、なんとか務めることができました。日本側とのやり取りの際には、メールの宛先に適切な人を当てること、および、関係する人には漏れなく写しを入れることを心掛けました。


半年後、日本に帰国すると上司から、おかげで工場側の動きがよくわかったと褒められました。そして、その年の年末に初めて、上位10%と言われる Aランクの成績をもらいました。

これまで、仕事の評価は設計の技術力だけと思っていましたが、この海外出張を通じて、仕事にはいろいろな側面があることに気づきました。また、外から自分の所属するチームを見ることで、次工程である工場側から求められている動きが、良くわかりました。視野を広げる貴重な経験だったと思います。


2000年代に入るとグローバル化が進み、製造業はインド、中国が主流となっていきます。このため、IT企業の事業内容は、徐々にサービス業へと転換され、スコットランドの工場もまもなく閉鎖となりました。現在ではグーグルマップで見ても、もう当時の工場の建物はありません。かろうじて近くを通る鉄道の駅名に、なつかしい名残があるのみです。


(裏山から工場全景を望む)